平凡保育士の育児日記

平凡すぎる保育士ママが、息子の育児絵日記をつけてます。基本雑多。

東日本大震災のこと。

今日は東日本大震災から10年経つ日ですね。

 

思えばワシはあのころ高校3年生。

次の日が卒業式やった。

でもその日はむしゃくしゃしてて、さっさと学校から帰ってた。

んで帰りのチャリで、バイクが変なとこから出てきて轢かれそうになって危なくて

もっとイライラが募り、爆発寸前てくらいイライラしながら

いつもどおりネットでニコニコ動画でも観ようとくつろぎはじめた途端、

地震がきて、なんか胸騒ぎがしたけど、非常事態なんて考えたこともないので、

 

「あーもう!!!」

 

そんなこと思いながら胸騒ぎが止まらず、コートを着て外に出た。

家出る時にわずかにキッチンの食器棚がギシギシ軋む音も聞こえた。

外出たら異世界だった。コンクリートが目に見えて波打って、車は路肩にとまって

運転手も出てきて辺りを見回していたし、ワシの住んでた都営住宅もギシギシ揺れてた。

 

さいとうたかを氏の「サバイバル」て漫画読んでたんですけど、

 

「あ、日本おわったな。」

 

って本気で思った。

揺れも長いから、いつ止まるのか、漫画みたいに地面が割れてしまうんじゃないかって

怖かったなあ。いそいで家の裏の畑に行って

(父ちゃんにいつも、何かあったらあそこへ行けって言われてた。)

すぐに何かあっても無事でいられるようにしてた。

当時喧嘩中で1年近く口をきいてなかった兄に連絡とったり、父ちゃんに電話もした。

みんな無事で安心した。

ワシがコート着て外で途方に暮れてる姿は他の住民にもみられてたみたいで

後日父ちゃんにその様子をばらされて恥ずかしかった。

 

 

そのあと、ニュースで原発津波のニュースを見て怖すぎて眠れなかった。

その日からしばらく余震も続き、家族みんなリビングでテレビをつけながら夜を過ごす。

この間何度も地震の緊急速報が流れて怖すぎて心臓がドキドキしてた。

ニュースで流れる津波原発・子どもの泣き声が怖くて、でもテレビで近況を聞きたくて

つけなきゃいけなかったのが辛かった。

 

地震のあとは原発被害のことでいっぱいで、ワシは車の免許をとりに

高校の友達と群馬へ合宿へ行かなきゃいけなくて、でもその日は延期された卒業式の日で。

ワシらは免許を優先し、卒業式は出られなかった。

久しぶりに電車も復帰したけど、人混みが多すぎて押しつぶされそうになって

まじで内臓潰れるかと思った。

 

久々に外出た時の黄色い黄砂みたいな景色忘れられなかったなあ。

放射能だのなんだので、見えない不安がいっぱいだったから

どうしようってずっと思ってた。

 

 

合宿中は計画停電ばっかでご飯は仕出し弁当ばかり、部屋も電気はわずか。

テレビはつけてもACのぽぽぽぽ〜〜ん♪で鬱になりかけた。😅

 

 

 

そんなこんなな思い出だった。

なんて、、、所詮安全圏だったワシの体験だったけど、

津波被害・地震被害に遭われた人たちのことを思うと胸が苦しいですね。

忘れちゃいけないことですね。

 

ワシらも子どもを授かって、未来につないで欲しいから、こういう話は

ちゃんと定期的にすべきだと思います。

 

ご冥福をお祈りいたします。

平和な日々が戻りますように。

 

 

そんなトモちは、今日、ワシの用事で職場へ連れていきました。

いっぱい抱っこされたり園児に挨拶したりして大忙し!

義両親も来て一日中お客様を笑顔でもてなし続けるトモち。

夜はゆっくり寝られるといいね。お疲れ様トモち。

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